球界一と言ってもいいほど、選手層の厚い福岡ソフトバンクホークス。
3軍まで擁する戦力の厚さに加え、プレーする環境も球界の中ではずば抜けています。
そんな福岡ソフトバンクホークスでは、日々1軍の座、そしてスタメンの座を争っているわけですが、
その争いに敗れ、2軍でもがき苦しんでいる選手がいます。
それは、2021年シーズンでプロ8年目を迎える上林誠知です。
2018年シーズンには1軍で全試合に出場し、一気にスター選手の仲間入りを果たすかと思われましたが、その後は1軍で活躍出来ずに、若くして早くも復活を待たれる選手となってしまいました。
層が厚い福岡ソフトバンクホークスにおいて、上林誠知の復活はあるのか。
そして、上林誠知にまつわる家族の噂などについても紹介していきたいと思います。
上林誠知(ソフトバンク)の現在について!韓国籍の噂や母親,弟などの家族についても紹介
上林誠知のプロフィール・成績について
上林誠知は、小学校1年生の時に地元の軟式野球チーム「西堀A-1」というチームに入り、野球を始めました。
小学校卒業後、中学では「浦和シニア」に所属し、硬式野球でプレー。中学校3年生のときには全国制覇を果たしました。
中学卒業後は、地元埼玉県内にも強豪校が多くある中、上林誠知は埼玉県を出て、東北の強豪校・仙台育英高校に入学しました。
高校入学後は、中学で全国制覇した実力を引っさげ、なんと1年生の秋からチームの4番を務めました。
2年生の夏に甲子園大会に出場した上林誠知は、出場した全試合に4番で出場。11打数5安打という大当たりを見せ、2年生ながら甲子園にその名を馳せるほどの活躍を見せました。
その後、3年生の春、夏と連続で甲子園大会に出場。最後の夏の甲子園では、9打数1安打と精彩を欠きましたが、それでもその打撃は日本代表クラスと称され、世界野球選手権大会の日本代表としても出場しました。
そして、2013年のプロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから4巡目で指名を受け、プロの道に進むこととなりました。
プロ1年目は出場機会を求め、内野手に転向を行ったこともあり、1軍への昇格の機会はなく、2軍または3軍での鍛錬の日々が続きました。
しかし、プロ2年目からは、チーム事情や上林誠知自身の能力を存分に活かすために、再び本職である外野手に再転向。
これが功を奏し、プロ2年目で早くも1軍デビューを果たすと、スタメン出場し、プロ初安打を放った試合でプロ初本塁打を放ちました。この本塁打が満塁本塁打であり、チーム史上最年少での満塁本塁打の記録となりました。
まさに鮮烈な1軍デビューを飾ったプロ2年目でしたが、2軍ではタイトルを総ナメ。まさにこれからが期待される選手として一気に注目を浴びる存在となりました。
ただプロ3年目は、実質2年目のジンクスと言われるような壁に当たり、1軍での試合出場は前年よりも1試合少なく、本塁打を放つこともありませんでした。
しかし、プロ4年目はこの壁を破り、キャンプ・オープン戦からアピールを続け、見事開幕1軍の切符を掴み取りました。
そして、開幕スタメンの座を勝ち取ると、この試合でヒットを放ちました。
結果、この年は一気に飛躍し、134試合に出場し、自身初の二桁本塁打を記録。守備でもライトからの強肩ぶりを見せつけ、相手チームに対して脅威になる存在となりました。
そして、プロ5年目には1軍の全試合に出場し、自己最多となる22本塁打を記録。リーグトップとなる14本の三塁打を放ち、走攻守において、福岡ソフトバンクホークスの中心選手としての活躍を見せました。
他球団からは「柳田悠岐が2人いるような存在になりつつある」と恐れられていましたが、上林誠知はこの年を境に再び下降線を辿ります。
前年の活躍を受け、3割30本ほどの成績が期待されていた上林誠知ですが、開幕直後の4月中旬に右手甲に死球を受けました。当初は打撲との診断結果により、痛みを押して出場を続けていましたが、痛みが引かず再検査を行うと、右手薬指の剥離骨折と診断され、登録を抹消されました。
6月に1軍復帰を果たすものの、万全な状態にまで調子が上がらず、最終的には打率は2割を切り、本塁打も前年の半分となる11本塁打に留まりました。
プロ7年目となった2020年シーズンも、引き続き不調が続き、主に守備固めでの出場が多くなるシーズンとなりました。
結果、シーズン終盤は2軍へ降格となり、1軍では69試合の出場で、4シーズンぶりの一桁本塁打(6本)のみに留まりました。
2021年シーズンの復活に期待がかかっていますが、開幕1軍メンバーの中に、上林誠知の名前がなく、4月6日の2軍戦でようやく今季初本塁打を放つなど、まだまだ本調子までは上がってきていない状況となっています。
上林誠知の現在地は?かつての定位置には栗原陵矢が座る
上林誠知がプロ4~5年目(2017年~2018年)に掴み取ったライトのポジションには現在、栗原陵矢が座っています。
見事なまでにキレイなスイッチングであったようにも見え、ソフトバンクファンからすれば「上林が調子悪くなった時に、栗原が出てきてよかった…」と胸をなでおろしていると思います。
むしろ、上林誠知としては、栗原陵矢がしっかりとレギュラーとして活躍している姿を見て、ライバルとして闘志を燃やしてほしいところですが、なかなか上がってこないというのが実情だと思います。
福岡ソフトバンクホークスとしては、上林誠知が復調すれば、栗原陵矢を三塁で起用して、衰えが見える松田宣浩との併用も構想していると思われます。
栗原陵矢の2020年シーズン成績は、上林誠知のキャリアハイほどの成績まで及びませんでしたが、チャンスに強い打撃などを武器に、着実にレギュラーのポジションを確立しています。
しかし、まだその座を確固たるものとしていない部分はあるので、上林誠知の復調次第では、まだまだ上林誠知にもチャンスはある状況です。
2軍でくすぶっている場合ではない、というのがソフトバンクファンの思いであり、かつてのように2軍で無双状態にまでコンディションを整えて、かつての活躍を期待したいですね。
上林誠知は韓国籍?韓国とのハーフの噂について
上林誠知には「実は韓国籍である」という噂が出回っています。
結論から申し上げると、上林誠知は韓国籍ではないものの、韓国人の血が入っていることは間違いありません。
実は上林誠知の母親が韓国人であり、父親が日本人。つまり、上林誠知は韓国と日本のハーフなのです。
ハーフの人は、国籍を母親の国籍にするか、父親の国政にするかを選択することが出来ますが、上林誠知は日本国籍を選択したようです。
上林誠知自身は、日本で育ってましたから、日本を選択することも不思議ではありません。
ただ、地元・埼玉に沢山の強豪校があるのにも関わらず、はるばる宮城にある仙台育英高校に入学したのも、確かに強豪校であるということや、ツテなどがあったのかもしれませんが、仙台育英高校が韓国人留学生を受け入れていたり、韓国語のクラスがあったりと、韓国に明るい高校だったことも進学の決め手になっているかもしれません。
上林誠知の弟も野球をやっている?
入団して間もない頃から、走攻守において類稀なるセンスを見せている上林誠知ですが、実はこのセンスを持ち合わせている(かもしれない)人物がもう一人います。それは、上林誠知の弟です。
上林誠知の弟・上林昌義は、上林誠知の4歳年下にあたるそうですから、2021年4月現在では21歳となる年齢のようです。
この弟も野球をしており、高校時代は東京都の強豪校・東海大菅生高校の野球部に所属していました。
あいにく、高校時代はケガに悩まされ、レギュラー選手としての活躍はありませんでしたが、3年の夏には甲子園大会に出場。代走で出場し、甲子園でプレーをしました。
上林誠知いわく、走力は上林誠知以上の足の速さだそうで、この代走での出場も弟らしい出場であると感じていたのではないでしょうか。
上林誠知の弟・上林昌義は、東海大菅生高校を卒業後、大学に進学しました。
上林昌義が進学した大学は、これまたプロ野球選手を多く輩出している名門大学・東北福祉大学です。
奇しくも、兄・上林誠知が高校時代に過ごした東北の地で大学生活を送ることになった弟・上林昌義は、現在大学4年生で、現在は東北福祉大学の野球部のキャプテンを務めているようです。
主力級の活躍を見せ、兄の背中を追い、プロ野球選手を目指していることでしょう。
そんな弟を大きく出迎えられるような成績を兄・上林誠知にも期待しましょう。
コメント